太川陽介さんは、1976年にアイドルとして10代後半の頃にデビューし、新人時代に一世を風靡しました。その後は主に俳優として活動するようになりましたが、2007年に漫画家・蛭子能収さんとコンビを組んだバス旅番組がスタートしてからは旅人のイメージが強まっています。そんな彼の魅力・また彼が出演するバス旅番組の魅力はどこにあるのでしょうか?
10代の頃はトップアイドルだった太川さん
今ではバス旅番組の影響でほのぼの系タレントというイメージが強まっている太川陽介さんは、1959年1月に京都府で誕生しました。そんな彼はたくさんのトップアイドルを輩出してきた事で有名なサンミュージックという芸能事務所と契約して、1976年12月に芸能界デビューを果たします。
1977年には3枚目のシングル「Lui-Lui」がヒットし、年末の日本レコード大賞において新人賞にノミネートされます。この年の最優秀新人賞は「失恋レストラン」を大ヒットさせた清水健太郎さんが受賞したため同賞の重傷はならなかったものの、この年にアイドル歌手として大ブレイクします。
当時の人気ぶりは新御三家(田原俊彦・郷ひろみなど)に勝るとも劣らないレベルで、ブロマイドをはじめとしてグッズが若い女性達の間で売れに売れていた事で知られます。
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1980年代から1990年代にかけては役者として大活躍
1980年に入って20代に突入するとアイドルを卒業して俳優へと転身します。そして、持ち前のハンサムなルックスと高い演技力を武器に、1980年はトレンディー俳優として大活躍しました。1990年代になって30代に突入すると幅広い役に挑戦するようになり、テレビ・映画俳優また舞台俳優としての名声を高めていきました。
なお、1990年代半ばには当時昼ドラの女王として大活躍していた藤吉久美子さんと結婚し、ワイドショーにて大きく報道されます。この時期の太川さんは主に舞台で活躍していたため10代・20代の若者には馴染みの薄い存在でしたが、この結婚報道によって若い世代の間でも広く名前が知れ渡りました。
2000年代後半にタレントとして再ブレイク!
21世紀を迎えて40代になった太川さんはバラエティ番組出演の機会が増えだし、日本テレビ系の旅番組「ぶらり途中下車の旅」に度々出演するようになります。この番組は土曜日の午前中に放送されている番組で平日に仕事をしている人達が見やすい時間帯のため、まずアイドル時代の太川ファン達に受け入れられました。
さらに彼の爽やかな笑顔や朗らかな雰囲気は、当時の女性ファンだけでなく幅広い世代からの支持を得ます。番組に太川さんが出演した回の評判はすこぶる良好で、旅番組系タレントとして再び脚光を浴び始めます。そういった流れの中で昭和時代より旅番組に強いテレビ東京から、漫画家・タレントの蛭子能収さんとタッグを組んだ画期的な旅番組出演のオファーが届きます。
その番組は、鉄道や高速バス・タクシーなどは一切使用できず、路線バスのみを使用して目的地を目指すという事を特徴としています。太川さんはそのオファーを受けてテレビ東京の土曜ゴールデンタイム枠で「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」シリーズがスタートすると、いきなり高視聴率を叩きだしました。
口コミでこの番組の人気はどんどん上昇していき、かつてアイドルとして一世を風靡した太川陽介は2000年代後半に再ブレイクを果たします。
「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」シリーズのその後
2007年秋に記念すべき第一回目が放送された「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」シリーズは、いきなり10%を超える視聴率を獲得しました。当時はまだテレビ東京が今と比べて低迷を続けていた時期で、この曲の番組の視聴率が10%を超えた事に世間の人々は驚愕した事で知られます。
「まぐれではないか」と疑う人もいた中、圧倒的に面白いこの番組はその後も毎回10%前後の視聴率を獲得し、2010年代に入るとその人気はますます加速していきました。テレビ東京内では、毎週放送されているわけではないものの看板番組として扱われはじめ、そのうち3時間以上の特番が組まれるようになっていきます。
どんなに放送時間が長くなっても視聴率は落ちる事なく、むしろ上がっていき国民的ヒット番組へと成長していきました。2016年2月には「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」というタイトルで映画版も制作された歴史をもちます。
翌年となる2017年には様々な事情により太川さんと蛭子さんを旅人とするシリーズ1は終了しましたが、その際は局に存続希望の電話がたくさん寄せられました。終了が惜しまれる中、テレビ版や映画版のDVDソフトは大人気で、ネットの世界では復活希望の声が高まっていきました。
そんな中、2018年春には2007年から2017年までの旅を振り返るスペシャル番組が放送され、久々の太川&蛭子コンビ復活にファンは歓喜します。ちなみにシリーズ1が終了してからは俳優の田中要次さん・小説家の羽田圭介さんを旅人とするシリーズ2が続いていますが、なかなか高い視聴率を記録できていません。
太川&蛭子ペアによるバス旅番組は何故面白いのか?
2007年にスタートした「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」シリーズは何故こんなにヒットしたのかという点については様々なところで議論されてきました。その理由として主に挙げられているのは、この番組が「あいのり(フジテレビ系)」をはじめとしたリアリティーショーに近いという事です。
通常の旅番組とは、行き先やホテル・最終地点があらかじめ決まっていて、出演者は必ず最終地点まで行けます。しかし、この番組は目的地こそ決まっているものの、出演者が観光案内所や地元の人を頼りにして目的地へと近づいていかねばなりません。
また、宿もまったく決まっていないため、出演者が自ら探す必要があります。観光スポットなどをテレビに映したい場合は自分達で交渉をする事を求められ、スタッフは一切手助けをしません。そして、「やらせ」が一切ないため、出演者たちが目的地に辿り着けないまま番組が終了してしまう事もあります。
視聴者たちは太川&蛭子ペアと毎回のマドンナ(ゲスト)が目的地と辿りつけるのかまったく知らないまま番組を視聴しはじめる事になり、動向を固唾を呑んで見守ります。つまり、先が読めないこの番組にはアドベンチャー小説を読んでいるような感じがあり、それが人気の秘訣と言われています。
なおシリーズ2と比べてシリーズ1のほうが人気が高い理由については、太川&蛭子ペアがもつ天性のスター性やマドンナとの絶妙な関係性が挙げられている傾向です。DVDソフトは街のレンタル店やネットのレンタルサイトですぐ借りられますので、面白い旅番組を見てみたい人は休日にレンタルしてみてはどうでしょうか。